
バッハの息子でモーツァルトの同時代人。そんな先入観でこの人の音楽を聴くと、必ず面食らうことになるはずだ。 カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714〜88)。 バロックと古典派の端境期を駆け抜けた、知る人ぞ知る鬼才だが、その強烈な暴れっぷりにほれこむ演奏家が、21世紀の今、にわかに増えている。 現代音楽もかくやという型破りな個性が、彼らの欠乏感を巧みに埋めているようなのだ。
今でこそ バッハといえば 「ヨハン・セバスチャン」 だが、18世紀当時はまさにこのエマヌエルが
「大バッハ」。 父はすでに過去の人だった。
エマヌエルは北ドイツを拠点に、名鍵盤奏者として鳴らし、ハイドンやモーツァルトにも多大な影響を与えた。 しかし、死後は学者にすら
「際物」 扱いされ、市場ではマニア受けの作曲家として、日陰の存在に甘んじてきた。
彼の音楽の特徴はずばり、何が起こるか分からないというところにある。不協和音を気まぐれに投げ出し、時には最初と違う調性で唐突に終わる。 小節線を無視して自在にたゆったかと思うと、突然疾走し始める。 思う存分、暴れ回っている印象だ。
現代ロシアの人気ピアニスト、ミハイル・プレトニョフら、彼の際立つ個性に真正面から向き合おうとする実力派がこのところ増えている。
オランダを拠点に活躍中の若手フォルテピアニスト奏者、平井千絵さん(29)も盛んにエマヌエルを取り上げるひとり。 一番の理由は、演奏中に聴衆の心の動きがはっきりと感じとれるからという。
今月には東京で、ビオラ、フルート、フォルテピアノという風変わりな編成によるエマヌエル晩年の室内楽作品を紹介した。
「ふうん」 「ほー」 という声が客席で飛び交い、演奏家同士も 「してやったり」 と目配せを交わし合う。 室内楽の演奏会には珍しい光景だ。
「ヨーロッパなら、演奏中に笑い出す人も多いですよ。 ああ、今音楽が伝わっている、という充実感を感じさせてくれる作曲家です。」
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20年来彼にほれこんでいるというチェンバロ奏者の中野振一郎さん(39)は、近年楽譜が発見されたエマヌエルの協奏曲をドイツで演奏した。 来年4月には東京で、彼の作品を特集した企画公演を開く予定だ。
エマヌエルが 「マニアの専有物」 で有り続けたのは 「『顔』となる有名な旋律がなかったから」
と中野さんはみる。 「俗っぽい旋律が多く、緩やかな楽章なんてほとんどメロドラマ。 でも、無秩序に強弱が交代するからどの瞬間も不思議にみずみずしい。職人のすごみを感じる。」
現代的な響ではあるが、CM用に秒単位のさわりだけを広く流通させるやり方にも、近ごろの
「癒し」 志向にも、エマヌエルの個性はなじまないと中野さん。 「バロックや古典派の音楽が本来持っている
『毒』 に気付かせてくれる。」
フルート奏者の有田正広さん(54)は彼の 「過剰さ」 にひかれるという。 「啓蒙主義が広まるなか、秩序や王政に抑えつけられていた
『感性』 が、一人一人の中で疼き始めていた時代の音楽。 革命前夜、不穏な何かがうごめいていた時代の空気が、現代社会の空気に不思議に合っている気もする。」
斬新な表現が際立つエマヌエルだが、本格的な研究書を今年出版した東京学芸大教授で音楽学者の久保田慶一さんは
「音楽史的に見れば決して異端ではない」 と語る。 「一口に古典派といってもかなり多彩な個性があるのに、現在はモーツァルトやハイドンといった
『ウィーン古典派』 ばかりが売れ筋になっている。エマヌエルの復権は新しい市場の開拓を促しつつある。」
既存のブランド頼みを続けていては、新たなファンは生まれえない。エマヌエルに向き合う演奏家たちが共有しているのは、こんな危機感なのかもしれない。
朝日新聞社 吉田 純子
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